毎年、12月から1月にかけてよく耳にする「子どもがお年玉でゲーム課金したいと言っている」問題。
筆者はお年玉で課金するのは全然ありだと考えています。
なぜ筆者がお年玉で課金することをよしとするのか、その理由を紹介します。
絶対的に悪いお金の使い方ではない
筆者は違法なことにお金を使うのでなれば、どのようにお金を使おうがある程度は自由だ考えています。
ゲームに課金することは違法ではありません。
むしろゲームの開発者(開発会社)に仕事の対価を支払う素晴らしい行為であると考えます。
課金を禁止すること(特に「しょうもないお金の使い方」と卑下すること)は、ゲーム関係の仕事を否定することと同義だと筆者は考えます
読者の中にはゲームが好きな人がいれば、好きでも嫌いでもない人もいると思いますし、嫌いな人もいるでしょう。嫌いなら嫌いでかまいません。しかし、自分が嫌いだからと他人がゲームに
よくある「禁止する理由」は穴だらけ
ゲーム課金を禁止する理由は、よく考えるとゲーム以外の事にもあてはまります。
いくつか、例を挙げてみましょう。
「形に残らないもの(こと)に使うのは良くない」
形に残らないもの(こと)は何も課金行為だけではありません。
買い食いや友達とどこかに遊びに行くことも「形に残らないもの(こと)」となります。
買い食いや遊びをよしとして、課金をよしとしないのは道理が通りません。
際限がない
「次々と新しいキャラクターやアイテムが出てきて際限がないからダメだ。」という主張。
しかし、際限がないのは何もゲームに限ったことではありません。
玩具にしてもメーカーが次々に新製品を出しているため、際限がありません。
お菓子だってそうです。
際限のないものなど、ほとんどありません。ゲームだけを禁止するのは違和感があります。
プレイしなくなったら(サービス終了したら)課金した分が無駄になる
「飽きてプレイしなくなったり、サービス終了したらつぎ込んだお金が無駄になる」という主張。果たして本当にそうでしょうか。
世の中のほとんどの物は永久的に使えません。例えば服も成長したら着れなくなります。
しかし「着れなくなった。この服にお金つぎ込んだの無駄だった」とはならないでしょう。
ゲームも同じではないでしょうか。お金を払っていた時はいい気分でいれたわけですから、無駄ということはないはずです。
ゲームに使うなんてもったいない
価値観の違い、押し付けでしかありません。
読者の方にも何かお金をかける趣味があると思いますが、「そんなことにお金使うなんてくだらない」と言われたらムッとしないでしょうか。
何に価値を感じるかは人それぞれで、大人も子供も関係ありません。
「そんなことに」等と言わず、尊重すべきでしょう。